進化、性、芸術1
精神の本質。その人間的表現
セッション771
管 理之助 訳
人類が生き長らえ、発展してきたことは(現在、一般に)理解されているよりもはるかに観念と深く関わっている――というのも、観念の中には今や(身体に)埋め込まれているものもあるからだ。そうした観念は生物学的にそれ相応の状態となって伝えられる。ここで言っているのは、例えば、テレパシーなどによる伝達とは違う。(まず、)観念が身体的なコードに変換される。すると、それが生物学的な符丁(ふちょう)になるということだ。すると(その結果として)、そうでない場合に較べ、子供は生物学的に特定のパターンで行動しやすくなるのだ。
例えば、自分達が生物学的に生き残ることは特定の性質を他(の性質)よりも伸ばせるかどうかにかかっていると女性達が感じたとする。すると、その情報は、染色体のデータになるのだ。細胞の構造に関わる他の身体的なデータと同様、新しい組織体の発達にとって必要不可欠になるわけだ。
母親は同じ種類の情報を息子達にも伝える。父親は父親で、いずれの場合も自分の担当範囲内で(情報を伝えることに)貢献する。そして、それが何世代も続くと、一定の特徴がごく自然に男性的あるいは女性的であるように見えてくる。これは、その文明や世界の状況によっても、ある程度、変わるだろうが、人間は一人一人、極めて独自性が強いので、こうした行動のモデルも(個々の場合によって)違ってくるだろう。それらのモデルは実際、一世代の間に変わってしまうこともあり得る。というのも、各人の体験が元々の情報を変えてしまうからであり、そうした違いから生じる「幅」が重要なのだ。
(こうして生まれた)子供も、そうした情報を使うことになるのだが、それは単なるガイドラインとしてだ。最初のうち、それをベースに行動してみるための踏み台として使うわけだ。しかし、その子供は頭脳が発育してくるとすぐに、それまで当然のものと仮定していた事柄を問い直してみるようになる。この、基本的な前提条件を問いただすということが、君達と動物世界の最も違う点の一つだ。
そういうわけで、精神は、繰り返しになるが、君達の表現で言う、女性的、男性的な特徴を備えている。言ってみれば、それらは人間に備わった人格の中に広い幅をもって様々な比率で寄せ集められるのだ。
“進化、性、芸術2”へ続く
キーワード 遺伝, 性別
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