2009年 01月 07日
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ゲリス 07 - 現実を創る2

 私達は(生まれる前に)両親を選びます。偶然というものはありません。重要なことだろうが些細なことだろうが、プライベートなことも他の人々と体験することも、私達に起こることには、あらかじめ、その創造の段階で私達自身が参画していたということです。その出来事が起こる瞬間に至るまで、それが起こることを自分達で選択したわけです。私達はもとより、私達の周りにいる人々もみんな、「事故」がいつ、どう起こるか、そこで誰が「死ぬ」ことになるのかを前もって正確に知っています。それはすべて衝撃的なことであり、事故であるように見えますが、それは、そうすることで私達が学習し、成長していくためです。もっとも、そこには選択の余地が 100 %あります。100 %、自由意志が関わっている、つまり、「定められた」ものなどないということです。意識的に自覚することこそないありませんが、望むのであれば、その内側の深いレベルで、その事故を避けるよう選択することもできるわけです。
 私達は自らの現実界を創造していますが、その現実界は私達が考えているものとは違います。死に関わる大きな悲しみ、家族や友人を失うことの苦しみといったものは、単に私達の認識範囲が限られているせいで存在するにすぎません。(実際は)誰も死なないのです。死ぬことによってどこかに吸い込まれてしまったり消えてしまったりする人物などいないのです。愛する人が死んでもコンタクトが実際に断たれてしまうわけではありません。コンタクトが続くのは、私達が意識する習慣のないレベル、気がつくように訓練されていないレベルでですが、亡くなった人々との能動的なコミュニケーションはずっと続きます。それは私達がふつう、意識的に気づかない、深いレベルでのことですが、私達は積極的に、そのコミュニケーションに加わっているのです。こうしたコミュニケーションは、それを覚えているかどうかに関わらず、夢の中で起こります。また、覚えているか、意識的にわかっているかどうかに関わらず、起きている間にも起こります。
 こうしたレベルで何かしようと思ったら、自分に与えられた身体的、物理的な手段や体験を活用しなくてはなりません。そこで、何かを考えていたり、あるいは何もしないで、ただ、すわっている時に、ふと感じるものに気をつけてみてください。それは、霊魂、あるいは、あなたが「亡くなった人」とでも呼ぶ存在と、私達自身の、目には見えない自己との間にある「何か」を確認できるものかもしれません。また、あなたと同じ部屋にその誰かがいるということをあなたに示しているサインかもしれません。特定の出来事や考えを巡る、こうした(偶然の一致に見える)「符合」に気づいてください。「偶然」とは、物質的な現実界における、目に見えない言語です。私達は、その言語を使って、いわゆる「霊魂」と意思の疎通をはかるのです。
 
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