2009年 01月 06日
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ケンダル 06 - エルマイラへの道 1-6

 その年の夏と秋はあっという間に過ぎ、12月に入る頃には厳しい風がニューヨーク市一帯に吹きすさんでいた。間もなく、道路は雪に覆われ、車やバスやタクシーは悪天候に抗(あらが)った。表の寒さの中で車の窓を覆った氷を掻き落とす「早朝の儀式」は最盛期を迎えていた。気温がストンと本格的に下がり始めると、人々はすっぽりと厚着で身を固め、(直に)見えるのは彼等の目だけになる。その目だけが、こちらに向かって歩いてくる生き物が人間であることを示す唯一の証拠だった。
 そんな冬のある晩、僕が自宅のキッチンでボウルに入れた暖かい豆スープ(僕の好物)を堪能していると、電話が鳴った。(電話に出ると)耳に入った知らせで僕の頭は真っ白になり、しばらくの間、自分でも意識が動揺しているのがわかった。電話の主が知らせてくれたところでは、フランソワがさっき路上で急死した、今はそれしかわからない、という。あり得ないことだった。背が高く、力強く、エネルギーに満ち、神々自身との結びつきがある、あの彼が、どうやったらそんなことになるものか?しかし(実際)そうなったのだ。ニューヨーク市内にはいくつもある、こんな、寒くて雪の積もった通りの一つで、フランソワがポックリと逝(い)き、その原因は不明だという。人生における数多くの事と同様、これもまた、答えを求めてやまない一群の疑問を伴った、一つのミステリーだ。
 指導者の種類を問わず、ある指導者が死去すると、他の者達がその空白ポストを埋めようと殺到するのは、よくあることだし、時には適切な人物がいて、物事がそのまま流れていくようにできることもあるわけだが、僕達の場合はそのどちらにも当てはまらないだろうと思われた。フランソワの代わりになろうとする者などなく、(フランソワという)接着剤で一つに繋がっていた宗派組織はすぐバラバラになった。フランソワが宗派を築き上げるのを助け、人類を解放するはずだった啓蒙軍団はヨチヨチ歩きのまま、その兵士達は各自別々の道を進んでいった。いつの日か、その無知な魂を救済してやるはずだった名もない群衆の中に、彼等自身が融け込んでいくまでには、大して時間はかからなかった。僕自身はといえば、自分のスピリチュアルな探求が始まったかと思うそばから終わってしまうことになるのは嫌だった。ジェーン・ロバーツに関するフランソワの酷評にも関わらず、僕はまたロバーツに手紙を書いた。すると、彼女が開いているクラスに一度、参加してよいという了承の返事が届いた。ニューヨーク州エルマイラ市、1972年1月の第1週だという。
 人生はおかしなもので、僕達が一番期待していない時に扉が開かれる。フランソワの死に関しては、おもしろいことなど全くなかったのだが、扉は開かれていた。差し迫った質問が一つあった。早いうちに答えを見つけなくてはならない。―― とりあえず、エルマイラって、どこなんだ?
 
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