2010年 09月 07日
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ゲリス 19 - 人命と選択3

 また、こう言われて辟易(へきえき)することもあるでしょうが、犠牲者というものはなく、死も存在しません。ホロコーストで亡くなった人達はみんな、現実界のいくつかのレベルでそれに同意したわけです。私達にはそのレベルのことが、生活の中では、霊的で時間を超えた(「覚醒時の側」に対して)夢の側の領域でしか意識的にわかっていません。そこでは、死とは、私達が三次元の世界で考えているようなものとは違うことがわかるのです。繰り返しますが、選択はいつでも自由です。また、何よりも大事なのは思いやりの心です。でも、こうしたドラマを演じきることがなかったら、他にどうやって、仲間達との繋がりや思いやりの大事さを体験し、学び、感じることができるでしょう?また、こうした盲目性や残虐性を存分に発揮する“邪悪な”人々がいなかったとしたら、他にどうやって、こういうドラマを演じきることができるでしょうか?私達はみんな、この世で輝いていたり愚かだったりするのには(それなりの)理由があるわけです。
 私なら、こうした“出演者”全てについて、あらゆるシナリオを観察することでしょう。単にまた何人かの馬鹿な人間が物質的な世界で愚行を働き、それがこんなにも多くの恐怖、心配、涙、悲惨さを産み出すことになる、そのシナリオを。彼等は単に猫の一匹でも見つけてきて、ヒモでも取り出して(その猫と)遊んだり、その後、外にビールでもペプシでも飲みに行ったりしていればいいのに、なぜそうしないのか。エッチしたり、スクラブル(ボードゲーム)をやったりしたっていいわけです。食事して、ジョークを飛ばして、その後はバスルームに行って歯を磨いて寝ればいいのです。
 
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