2010年 09月 09日

 気がついたときは、明らかに、このひとまとまりの奇妙なメモの題名と目されるものを自分が書いているところでした。それは「観念の建造としての物質世界」というものでした。この中で紹介された数々の概念は後にセス資料が発展させていくことになるのですが、この時の私にはそれを知る由もありませんでした。セッションを開くようになってまだ間もない頃、セスは一度、彼が私に初めてコンタクトを取ってみようとしたのがこの時だったのだと語りました。唯一、私にわかっているのは、もし、この晩に自分がセスとして話し始めたのであったとしたら、それはもう、恐怖の念にかられてしまっただろうということです。
 その時の状況では、一体何が起こったのかわからなかったのですが、それでも、自分の人生が突然変わってしまったということは感じました。「啓示」という言葉が脳裏をよぎりました。それを頭から振り払おうとしたものの、やはり、その言葉はピッタリくるものでした。ただ、その言葉に含まれた、妙に神秘的な意味合いが気になったのです。私は、自分自身の仕事におけるインスピレーションというものには馴染みがありましたが、これは普通のインスピレーションと較べたら月とスッポンほどの違いがありました。
 私が「受信」した数々の観念もまた、驚くようなもので、現実というものに対する私の概念を覆(くつがえ)してしまいました。あの日、あの時に至るまで、私は「物質的な現実は信頼できるものである」ということを確信していました。物質世界というものは、時には気に入らないこともあるかも知れないけれども、それ自体、信頼できるものでした。そして、そのつもりになれば、それに対する考え方を変えることはできるけれども、それによって現実自体を変えることなどは絶対にあり得ないことでした。それが、そんな風に考えることは二度とできなくなってしまったのです。
 その体験の最中、私は、私達が物質を形作っているのであって、その逆ではないこと、また、五感というものは、普通には知覚できない数限りない現実界のうち、たった一つの三次元世界のことを伝えるのにすぎず、その限られた理解範囲内においてのみ信用に足るものであるということを知りました。
「セス資料」第一章 より

 上記の体験でロバーツの書き記した原稿が、言ってみれば、セスの著作の「創刊号」ということになります。因みに「セス資料」(The Seth Material)というのは本のタイトルであると同時に、セスが約二十年に渡って口述した資料全体をも指します。
 ここで突然、訳語の話になりますが、日本語では、検索エンジンを使うとわかるように「マテリアル」は専ら製造業や建設業で使われる言葉であること、「来週のプレゼンの資料できてる?」、「前回の法廷陳述の資料を見せてください」などと言う場合、「資料」の代わりに「マテリアル」を使うのには無理があることなどから「セス資料」としました。因みに中国語では「賽斯資料」というようです。
 バッツ夫妻の住んでいた建物は普通の一軒家のようにも見えますが、中は多数のアパートに(“apart”の文字どおり)分かれており、バッツ夫妻は二階にあるアパートのうち、二つを借りていたのだそうです。
ウォーター・ストリートの家
ウォーター・ストリートの家。
手前はセスの車(ウソ)
 ロバーツは後に「ESPクラス」と呼ばれる「セス講習会」を開くようになりますが、会が行われて賑やかな最中でも、バッツ氏は必要があれば、別のアパートに行って静かに絵を描くことができたそうです。  上述の自動書記では、ウィージーボードを使う場合よりも多くの情報をずっと速く扱えるものの、ロバーツが「受信」するのみなので、この仕組みを「単方向通信」(シンプレックス)と呼びます(って、これ、通信技術の本?)。続いて、セスとのコミュニケーションが「双方向通信」(デュプレックス)になるまでの経過を見てみましょう。
 
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