2009年 01月 07日
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第2章 バッツ夫妻の個人的背景

ジェーン・ロバーツという人

 ロバーツの略歴は以下のとおりです。
ニューヨーク州の地図
ニューヨーク州
(紫色の線は州境と国境)

  • 1929年、米国ニューヨーク州サラトガ・スプリングス市に生まれる。
  • 同市スキッドモア・カレッジで英文学を学ぶ。
  • 1954年、画家のロバート・バッツと結婚。
  • 1956年以降、旧姓ジェーン・ロバーツのペンネームでSF小品、短編小説、小説、詩を発表。
  • 1963年より自らの著作活動と並び、いわゆるチャネラーとして「セス」という存在からのメッセージを口述する。その内容は夫ロバート・バッツにより記録される。
  • 1966年以降、自著11冊、セスの本9冊を出版。
  • 1984年、ニューヨーク州エルマイラ市で死去。

 ロバーツは、かなり真面目な人だったようですが、頑固だと評されることもあったようです。これは、彼女がカトリック系の児童施設で厳しい教育を受けたことと関連していると言われます。例えば、ある時、彼女の書いた詩を見た神父が、その詩の書かれた紙を「異端」だとして燃やしてしまったことがあるそうです。そうした神父達が彼女の人格形成に少なからず影響を与えたのではないかと考えられています。もっとも、元々、カトリック系の教育を選んだのはロバーツ本人でした。公立学校に通っていた9歳の頃、彼女は途中からカトリック系の学校にどうしても移りたいと言い出したのだそうです。公立学校の方がいいと考えていた母親も、娘の意志の強さに折れて転校を認めたようで、セスの言葉を借りれば、すでにこの頃から彼女は頑固だったということになります。
 ロバーツは十九才でカトリック教会を脱会します。彼女自身は、例えば「セス資料」のまえがきで彼女のキリスト教観を述べていますが、それは当時の一般的なアメリカ人にとっても、現在の私達が聞いても、特に驚くようなものではないと思います。

 ロブと私は伝統的な意味で見れば、信仰心が厚いなどとはとてもいえない人間でした。教会には、結婚式やお葬式に出席する以外、何年も行ったことがありませんでした。私はカトリック信者として育てられましたが、大きくなるにつれて、自分の先祖達の信仰していた神を受け入れることに困難を感じるようになりました。心の中で皮肉な声が「主も、ご先祖様と同じようにもう死んでしまっているんだよ」と囁(ささや)いたりしたものです。「天国」は子供の頃、私を精神的に支えてくれましたが、十代の頃には有意義な生き方の指針として掲げられた薄っぺらな作り事に見えました。だって、たとえ父なる神が本当に実在したとしても、いったい誰が、そのへんにぶらぶらとすわって賛美歌など歌ってほしいと思ったりするでしょうか。それに、どこのどんな賢い神様が、こんなにたゆまぬ崇拝を要求するでしょうか。それは全くのところ、とても頼りにならない、ぞっとするほど人間的な神です。
 選択肢のもう一方、「地獄の業火」というものも、それと同じくらい信じられないものでした。私達の父や祖父達の伝統的な神は、悪魔が他の不幸な死者達を拷問にかけているというのに、明らかに良心の呵責もなく、諸聖徒達と共にのんびりとすわっているだけなのです。「そんな神なんて、いらない!」と私は心に決めました。そして、もう「彼」のことを自分の友達だなんて思いませんでした。この点についていえば、話によると「彼」も自分の息子キリストのことを大切にしすぎることはなかったようです。でも、キリストのことは尊敬できると私は思いました。彼はこの地上にいて、実際の様子がどうだったのか知っていたわけですから。
 その後、二十才にもならないうちに、こんな古めかしい神や聖母マリアや聖者達の聖餐式(せいさんしき)は卒業していました。天国と地獄、天使と悪魔は処分されていました。私が「自分」と呼んでいる、この特定の化学物質と原子の集まりは、もう決してこんな罠――少なくとも罠だと見分けることのできるもの――にひっかかることはあるまいと思ったものです。
 
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