Seth Network Japan
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実習

自己本体のイメージ

個人的現実の本質
セッション 637 1973/01/31

マサ 訳

 君達が「自分」と捉えている自己が消滅することは決してない。ロウソクの火のように消えてしまうことも、至福に満ちて「自分」がわからなくなり、「涅槃(ねはん)」などに飲み込まれてしまうこともないのだ。(涅槃という点で言うなら)君達は今でも立派に涅槃の一部だし、これからもそうだ。

 君達の身体と、その身体を構成している細胞については、ある程度、話をした(たとえば、第7章のセッション 632 など)。今、君達の肉体的な姿を形作っている細胞達が全て同時に存在しているのは明らかだろう。(ここで)それと同じように、自分には、数多くの人生が(同時に)進行していると想像してごらん。すると、君達には、細胞達の代わりに数々の「自己達」があることになる。私は、細胞の一つ一つに独自の記憶があるという話をしたが、自己に備わった記憶となれば、もちろん、それよりも次元が遥かに大きくなる。

エクササイズ - 過去を変える

セスは語る
セッション 566

マサ 訳

 過去は無数の形で存在した。君達は(そのうち)一つの蓋然的な過去を経験したにすぎない。その(経験した)過去を頭の中で今、変えることによって、その(過去の)性質だけでなく、その影響(波及効果)までも変えることができる。それも、君達自身に対する影響だけでなく、他の人々への影響もだ。

 特定の出来事でひどい目にあったとしよう。頭の中で、その記憶をただ拭い去るのではなく、もっと役に立つ性質を持った別の出来事に置き換えてしまうイメージを想像してごらん。くっきりと鮮やかに、気持ちを込めて何度も思い描くんだ。これは自分を騙(だま)しているわけではない。君の選んだ出来事は自動的に一つの蓋然的な出来事になる。その蓋然的な過去において知覚することを選んだ出来事ではないものの、実際に起こった出来事になるわけだ。

エクササイズ - 言葉の枠組みを考える

「知られざる」現実界 第2巻
セッション 723、1974/12/02

マサ 訳

 少し待ってくれ…。言語は確かにある程度までは、知らないものを知らしめ、認識できるようにする。一つの文化に属する誰もが認識できる道標を立ててくれるわけだ。ただ、その際、言語は(一つ一つの言葉が持つ)特定の意味をがっちりとつかみ、他の意味を無視してしまう。例えば、「岩」という言葉を知っているだろう。それを知っていることで、実際、どんな岩も、ありのままの姿ではっきりと捉えられなくなっているかもしれないし、その岩が他の全ての岩とどう違うのか認識できなくなっているかもしれないのだ。

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