Seth Network Japan
Seth Network Japan

価値観と観念

聖なる排せつ物 - 2

 さて、君達がこうした言葉、こうした意味に対して尻込みする時は、なぜ尻込みするのだろうか?それは君達が自分という存在の生理、あるいは肉体の中における魂の完全性を信頼していないからだ。君達は人間という生き物だ。君達(の肉体)は地球の素材からできている。そして、その星達からの塵(ちり。ここでいう「星達からの塵」は地球を指す)が、堆積したクソの姿になったのだ。地球の生物達、動物達からの温かい堆積物だ。そのクソが花々や大地を肥やし、その大地の一部になっているということだ。

 それ故、誰であろうが、これ(クソ)に対して反感を抱いたり対立したりするとはどういうことだ?(ここでセスの声は本当にパワフルで断固とした調子だった。彼は、ある生徒(クラスの参加者)を見つめて言った)

聖なる排せつ物 - 1

聖なる排せつ物

「知られざる」現実界 第2巻 補遺 24
ESP クラス セッション 1974/12/10(セッション 725)

マサ 訳

 (セスはセッション 725 で僕たちの生物的な本質に備わっている精神的な側面を論じた。そのときの注釈 4 に簡単な抜粋を紹介してあるが、その前の晩に開かれた ESP クラスで、彼は「自己」というものの「到達範囲」は真に無限であることを話した。

 セスはそこで実際的なわかりやすい言葉を使って僕たちの生物学的な本質を説明してくれた。彼の話はすべて、とてもおかしく挑発的でもあると同時に深みがあった。僕にはわかる。セスの話し方はすぐに忘れられてしまうようなものではないと。それは、静かで上品な「スピリット・ガイド」になじんでいる人たちにとっては、びっくりするようなものでもある。

知性と感情

夢、「進化」、価値の達成 第2巻
セッション 914、1980/05/07

マサ 訳

 人間には自分が前進しているという実感が必要だが、それが科学技術の前進だけでは比較的浅いレベルでしか意味をなさない。その前進を後ろから支えるように気持ちの面での理解も深まっていかなくてはならないのだ。それは、人間が自分自身との一体感、自分以外の自然界との一体感を高めていくことだ。

 高い知的技量があり、論証能力には異論の余地がないものの、例えば、感情的あるいは精神的な面での成長がすっぽりと欠けている人々がいる。しかし、君達の「査定基準」に合わせる限り、その欠けた点は大方、目に留まることのないままで、当然、こうした人々が発育障害だと見なされるようなことはない。私は常に直感的な能力と理性的な能力のバランスに関連して話を進めていこうと思う。また、この両者の「縁を結ぶ」方向へと君達を導いていけたらと願っている。両者が一緒になると、君達の世界では確かに全く新しい能力に見えるものを引き出すことができるからだ。それは、それぞれに備わった最上の要素を組み合わせながらも双方が計り知れぬほど高められるやり方でだ。

ページ

* 閲覧画面の幅および閲覧デバイスによっては、上に表示されるページ ボタンが減ります。ボタンの表示が不適切になったり、全体のページ数がわかりにくくなったりすることがありますが、ご了承ください。
Subscribe to RSS - 価値観と観念