このスマリについてクラスでの議論が続いている最中、何の予告もなく、ジェーンはメガネを外した。そして、それを近くにあったコーヒーテーブルに置くと、大きな声、それも太くて男性的な声で話し始めた。目がそれまでよりも暗めの色になったようで、彼女の挙動全体が劇的に変化した。微妙だが、顔のつくりが確実に変わり、まるで顔の筋肉自体がどこか、ピッと引き締まったようだった。しかし、一番、変化が際立ったのは眼だ。それまで、あまり考えてみたこともなかったのだが、一人一人の眼には、何とも言い難い特質があって、それが、その眼の持ち主にしかない刻印を押している(特徴を表している)ことに、その時、気づいて、ハッとした。その特質が、ある人と他のすべての人たちとの違いを作っているのだ。ついさっきまでジェーンの眼を通して(クラスの参加者たちを)見つめていた存在は、今や、事実上、ジェーンではなかった。
その別の存在をどう呼ぶかはともかく、その存在は、スマリが、遠方を含めて、あちこちからどういう風に集まってきたかという話を始めた。(自分が車で来た)400 km 弱の旅でも充分「遠方」と見なされるのかは定かでないが、このスマリという概念全体が好奇心をそそるのは確かだった。(やがて)ジェーンは、トランス状態に入った時と同じように、するりとトランス状態から抜け出た。彼女は、再び、めがねをかけ、ワインを一口飲むと、セスが何を話したか、クラスの参加者たちに尋ねた。
セスの解説したことを手短に説明してもらうと、ジェーンはまたトランス状態に入った。ただ、(今度は)セスが出てくるのではなく、ジェーンが歌い始めた。その言葉は、僕になじみのある言語のどれにも当てはまらないので、これこそがクラスでテーマになっていたスマリ語なのだと了解した。ジェーンは高い音も低い音も訓練されたオペラ歌手のように正確な高さで歌い、その歌声は、くっきりと明確で際立っていた。
僕は「ジェーン」と言ったが、今、ジェーンの眼を通して見ているのは、ジェーンでもセスでもない、全く別の存在だった。(そのうちに)部屋の壁に当たった「音たち」が、そこここに跳んでくるようになった。一時は、“ジェーン”の姿をした存在の歌う音符に合わせて、壁自体が完璧なハーモニーを独自に発声しているかのように思われた。歌が終わると、クラスの参加者たちが各自の反応(感想)を述べた。そのあと、ジェーンは休憩を告げ、ロッキングチェアから立ち上がると(部屋を出て)、廊下の反対側にある、もう1つのアパート区画へと向かった。そのまま、そちらに 15 分ほどいる決まりになっているらしい。クラスの休憩は彼女の休憩でもあり、すなわち、邪魔しないようにということだった。