Seth Network Japan
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意識子

「知られざる」現実界 第1巻
セッション 682

マサ 訳

 あいにく我々は頻繁に喩(たと)えを使わなくてはならない。喩えは概念同士をつなぐ橋になれるからだ。さて、物質の(最小)単位があるのと同様、意識にも単位(unit)がある。(ただし)それらの単位を粒子だと考えないでほしい。意識の基本的な単位というものがあるのだ。(単体で)表されたとして、それ以上は分割できない単位だ。それはかつて、原子が最小の単位であり、それ以上は分割できないと考えられていたようなものだ。意識の基本的な単位はもちろん、物質的ではない(以下、セスの説明を念頭に置いたうえで「単位」を「粒子」、「意識子」と考えた方がイメージしやすい)。その単位には拡大、発展、組織化という無限の特性が生来的に内包されている。それでも、その単位は自分の個性というものの「核」を常に保持しているのだ。(だから)いかなる組織の一部になろうとも、あるいは、そうした他の基本的な単位たちといかに混ざり合おうとも、それ自身の独自性が消滅させられてしまうようなことはない。

 それは自覚のあるエネルギーであり、自らの中において自分自身として認識されるものだ。「人格」ではなく「自覚」を与えられた(awareized)エネルギーなのだ。従って、それは他のあらゆる種類の意識の源泉であり、その活動の多様性は無限だ。それは自らと同じ種類の他の者達(他の基本単位たち)と結び付いて意識の単位群を形作る。それは、何度も言ったことだが、原子達や分子達が結び付くのと同じようにだ。

 この基本的な単位には予測不能性が授けられている。正にその予測不能性が、無限のパターンと自己実現を可能にするのだ。君達人類に関しては生憎(あいにく)「魂」という言葉は概念的な数々の困難を解明するのが極めて難しくなる形で使われている。通常の定義を使うなら、君達が「魂」と呼ぶものはこうした単位が一定の組織となった結果、初めて君達が一つの「魂」として認識したものだ。

 (9 時 47 分)そうなると、昔からある避けて通れない問いに行き着くことになる。それは「動物達には ―― あるいは木々や岩石には ―― 魂があるのか?」という問いだ。すると、通常の定義に合わせて、君達の表現で言うなら、この最小単位は「魂の素材」だということになるだろう。しかし、その視点は極めて限定的なものだ。というのも、その尺度をそのまま使うなら、「君達の上」には、それらの単位からできている、さらに発達した他の組織体がいくつもあるからだ。だから、その「もっと地位の高い視点」から見れば君達は実際、「ひよっこ魂」に見えるだろう。