Seth Network Japan
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存在の多様性と遺伝

夢、「進化」、価値の達成 第2巻
セッション 910

マサ 訳

 さて、こんばんは。
 (「こんばんは、セス」)

 口述だ。(休止)もし、君達の中に頭の悪い人間がいなかったとしたら、君達は遠からず、天才もいないのに気づくことになるだろう。

 君達が人間の特徴として捉えている数々の能力は、繰り返すが、(人類という)集団全体の中に現れてくる限りないバリエーションがあるからこそ存在し得る。そのバリエーションが、しばしば、明らかに正反対の状態(能力が対照的な例)を見せてくれるのだ。その中で、君達が「平均的な知能」と考えているものは、絶え間なく変わり得る特性と、ほんの僅かな違いがいくつも現れることで初めて存在できる一つの状態を表している(平均的な知能レベルとは、微妙で多様な個体差が動的に変化している広いレンジの中で初めて「平均」たり得る)。その物差しには、片方の端に「頭の悪い者」、反対側の端に「天才」という目盛りがついているということだ。

 ある程度大きな(スケールの中で)その精神的活動の“基準”を保つためには、そのどちらも(頭の悪い者も天才も)必要だ。ここでは君達のため、便宜的に“基準”という言葉を使っているが、それが心理学的な意味で、物事を測る尺度として定められてきたことには賛同できない。(前の説明を受けて)そういうわけで、遺伝系というものは閉じたシステムではない。遺伝子は肉体という生きているシステムに何の関係もなく、ただ情報を抱えているわけではないのだ。遺伝の構造は、あらかじめ(すべてが)プログラムされた高度に複雑なメカニズムとして存在するのではない。起動されたら、あとは“盲目的”に機能するだけ、一度動き始めたらもう修正するチャンスなどないというようなものではないのだ。

 特に君達人類の場合、人間の遺伝系と、環境や文化的な出来事との間には、大きなギブ・アンド・テイクがある。ここでいう「文化的な出来事」とは、政治や経済などの世界を含む、君達特有の分野に関係した出来事を指す。

 (休止)遺伝的事象を決定論的な方法で論破することはできない。それら(遺伝的事象)は特定の身体的または精神的な活動を指向する強い傾向、特定の生物学的な優先傾向を表す。特定の事象が他の事象よりも活性化されやすくなるように働くので、蓋然性が特定の方向に向けて“発射準備”されることになるのだ。(休止)そこで、遺伝的な事象は事象になる(遺伝情報としての段階から一歩、物質化が進んだ状態になる)。もっとも、それは君達が通常考えるのとは違う活動レベルでのことだが。

 これは染色体のメッセージの話だ。そうしたメッセージは紙に書かれた言葉と同じように染色体の中に書き込まれているわけではなく、その情報染色体が一つの生きたまとまりなのだ。(熱意を込めて)その情報(自体)が生きているということだ。我々は一種の生物学的な“楔形(くさびがた)文字”の話をしている。細胞の組織 ── 正にその物質的な構造のことだ ── には、その文字を使って、肉体も細胞自身をも形作るのに必要な全ての知識が内包されているのだ。これは実際、知識が生物学的な形になったものであり、生物学的に、はっきりと、生きた意思表示をしている。